僕の暮らしと思考の原点。松浦弥太郎さんの「今日もていねいに。」
「あなたが一番好きな映画は何ですか?」と聞かれたら、僕はいつも決まって「ライフ・イズ・ビューティフル」と言います。
そして「あなたの一番好きな本は何ですか?」と聞かれたら迷わずこう言います。「松浦弥太郎さんの今日もていねいに。」だと。
この本を手に取ったのは3年ほど前。タイに1週間の旅行に行っている際、街の中に溢れるタイ語に疲れ、日本語が恋しくなりカオサン通りの古本屋にふらっと入ってみました。古いハードカバーから最新の単行本まで、思いの他日本の書籍が充実していたことを覚えています。
立ち並ぶ本がぎっしり詰まった棚の中から、旅行中でも小さく持ち運べるようなサイズで、サクサク読める一話が短い短編集のような本を探しました。何となく指の裏で並ぶ本の背表紙の感覚を感じながら、ふと触れた瞬間に「これだ」と感じたのが松浦弥太郎さんの「今日もていねいに。」でした。
日々の生活の中のちょっとした考え方を黙々と綴った本なのですが、パラパラとめくったどのページもが全て深くて、面白くて、暖かい。
素晴らしい宝物を見つけたような感覚で、わくわくしながらホテルに戻り、一晩かけてあっという間に読み終えてしまいました。おかげで翌日もう一度同じ古本屋によって別の旅の本を探す羽目に。
日々の暮らしの羅針盤
「今日もていねいに。」の中では小さくとも、大事な暮らしの考え方、ノウハウが詰め込まれています。いわゆる今で言う「ライフハック」のもっともっと基礎的な考え方ですね。
どれもが基本的で汎用的なものなので、人生のあらゆる場面で役に立ちます。僕自身この本がとても好きですし、この考えをもっと深く落とし込むために毎晩1話を枕元で読んでから眠りにつく、という習慣を付けています。僕にとって生活の指針を決める羅針盤のような、力強く安心できる存在です。
毎日が「自分プロジェクト」
自分プロジェクトとは、誰かに「やれ」と、言われたことではありません。自分でしかめつらしく「やらねばならぬ」と、決めたことでもありません。仕事でもいいし、毎日の暮らしの中の、些細なことでもいい。「これができたらすてきだろうな、面白いだろうな、きっと新しい発見があるだろうな」そういった小さなプロジェクトをいくつもこしらえ、あれこれやり方を工夫し、夢中になって挑戦し、順番にクリアしていくことです。
この本の一番最初の章、最初の節で紹介されているこの「自分プロジェクト」。誰に言われるでも見られるでもなく、自分の中で気持ちよく続けられて成長できるプロジェクトを持とう。という考えです。この節を読んだ瞬間に電流が全身に走りました。
ほんのささやかなものでも、ごく小さなものでも、「うれしさ」がたくさんある一日ならば朝しあわせな気持ちで起きられる。それが毎日続けば人生が楽しくなる。この考えは今の僕の考えの根底を築いてくれています。
松浦弥太郎さんは「ハーブティーをおいしく淹れる」ということ、そして「ギターを弾くこと」を自分プロジェクトとして持っているそうです。僕もこれに憧れて3年前にタイから帰国した翌日に御茶ノ水にギターを買いに行きました。
昔からギターを弾くことに興味はあったんですが、誰かに見せるまでの自信もなく、それなら何のためにやるのか、と始めることを躊躇していたのですがこの節を読んですっと背中を押されました。
毎日少しずつ練習して、1曲でもいいから自分の好きな曲を弾けるようになろう。そう思いながら毎日ギターを触っていたら3〜4曲はレパートリーが増えました。何でもそうですが「始めること」「続けること」、そして「楽しむこと」が大事。
気負わず自分のしたいことを日々の楽しみに。
お金という種
お金というのは、使えば使うほど増えるもの。「今月はずいぶんお金を使ったな」というのは、僕にとっては喜ばしいことです。投資家のごとく、資産運用テクニックでお金を増やすという意味ではありません。お金を使えば通帳の残高は減りますが、自分の中の価値としては、ただのお金であったときより、ぐんと増えているというはずだということ。
以前書いた、若者こそモノに投資しようという記事の根底の考え方は、この章の一節から影響を受けています。お金はただ持っていても意味がありません。お金はそれ自体に価値があるのではなく「何か」と交換するためのツールに過ぎません。日本の全店舗で使えるスーパーの商品券のようなもの。本当に価値があるのは引き換えた先にある「モノ」や「体験」にあります。
この本を読んでからどんどんお金を使って「価値」を引き出し、自分の中に蓄えていきたいなと思うようになりました。
一日一回さわる
ものをいつくしみ、自分をいつくしむ。これは毎日の暮らしをいつくしむということだと思うのです。いつくしむ方法は、一日一回、さわること。ごく単純ですが、とても大きなことだと思います。
人間の感覚というものは非常に良くできていて、今だ機械に置き換えることのできない何かがあると思います。視覚や聴覚はよく話題にあがりますが、軽視されがちなのが「触覚」という感覚。少し触れただけ撫でただけで、モノから伝わってくる情報は山のようにあります。
松浦弥太郎さんは一日一回、周りのものを一つひとつさわるようにしているそうです。触ればそのモノの状態がわかり、愛情を吹き込むことができるから。逆に毎日触れないほどモノの量が増えたら身の回りを整理するそうです。人ひとりが管理でき愛情を注げるモノの量には限界があります。その量を「さわる」ということを通して毎日チューニングしているんですね。
選ぶ訓練
注文は一瞬。買い物は即決。僕と初めて出かけた人は、びっくりします。
これは読んだときに親近感を覚えました。そしてやはりこの本には出会うべくして出会ったんだな、とも。
僕は基本的に買い物も注文も予定も悩むことがありません。メニューを見て、モノを見て、5秒以内にはもう即決で答えが決まっています。常に色々なモノを見て、判断を注意深く行っていけば自分の中で理論を越えた感覚的な判断基準が確立されていきます。
「なんとなく良い」「なんとなく合わない」の精度を日々の中で磨いていくのです。松浦弥太郎さんも同様で、幼少期に「選ぶ訓練」を親御さんによくされていたそうです。遊ぶ場所でもご飯でも、よく「なんでもいいよ」と言う人がいますが、僕はそれは「選ぶこと」「考えること」を放棄している人だと思います。
最初は面倒でも常に何かを「選び」続ければ、次第に感覚が研ぎ澄まされ「選ぶこと」に思考を使わなくてもいいようになりますよ。
コラムを始めたのはこの本がきっかけ
僕がmonographの中で単純にモノやサービスの紹介をするだけでなく、自分の考えを文中に盛り込むようになったのは実はこの本がきっかけ。松浦弥太郎さんのような、静かだけどじんわりと人の心を動かせるような文章が書きたいなと思い、少しずつ要素を取り入れようとしています。
COLUMNのカテゴリーはかなりこの本に影響を受けていますね。これも「自分プロジェクト」の一環として、楽しみながら続けていきたいと思います。
松浦弥太郎さんにサインをもらえました。
そしてつい先日、SUSONOというオンラインコミュニティのイベントにお呼ばれする機会があり、そこで憧れの松浦弥太郎さんにご挨拶をすることができました。
いつも枕元に置いている本を、その日は鞄の一番深いところに入れワクワクした気持ちで会場までの道を歩きました。
僕が渡した万年筆で、さらりと中表紙に書き込まれた可愛いサイン。
あぁ。やっぱり松浦弥太郎が好きだ。
次の記事は「ジェーン・スー」
日々の考え方には松浦弥太郎さんに教えてもらったところが多いですが、一方ジェーン・スーさんのエッセイから学んだこともたくさんあります。流れるような、人をひきつけて巻き込んでしまうような文章は圧巻の一言。こういう文面だけで作れるエンターテイメントもちょっと憧れます。
ジェーン・スーさんの「今夜もカネで解決だ」感想。カジュアルなレビューの文体を学ぶ。