「背伸び」をさせるのが僕の仕事
「お仕事は何をされているんですか」
これが、今まで僕が一番聞かれて答えに困っていた質問でした。
起業をする前はもちろん本業があったので「IT系の会社で広告の営業を行っています」という答えを返せていたのですが、自身で会社を起こしてからこの答えに応えることが難しいと感じるようになっていました。
というのも僕は一つの会社の経営者であると同時に一人のブロガー。このブログを基軸の一つとして独立したので、前職のように本業があって複業がブログ、という明確な分け目はなく、今ではどこからが仕事でどこからが趣味かわからないくらいに境界がなくなっています。
この事自体には自身では全く不満はなく、むしろ巷でよく聞く「趣味が仕事に」「好きなことで生きていく」の一つの形であると思っているので好ましく思っているのですが、前述のように、ふと「お仕事は何をされているんですか」という質問をされた時に答えに窮する自分がいました。
「会社の経営者」と言ってもしっくりこないし、「ブロガー」とも少し違うと感じています。特に自分の中で引っかかるのは、「ブロガー」という言葉の方。「ブロガー」というのはそのまま単純に意味を解釈すると「ブログを書く人」ですよね。意味として全く間違ってはないのですが、ブログも多種多様で個人的な日記を残すものから、検索で読まれること前提の一種のマニュアルのようなものまであるので、この言葉の定義では自分を指すには少し広すぎる気がするのです。
「お仕事は何をされているんですか」
この質問をされる度に僕は常に考えていました。僕の仕事って何なんだろうと。
記事を書くことが、ブログのデザインをいじることが僕の仕事なのだろうか。常に最新の流行を追いかけ、いち早くそれを読者に届けることが仕事なのだろうか。モノの写真を綺麗に撮ることが仕事なのだろうか。モノに詰まったこだわりを分かりやすく伝えるのが仕事なのか。そうなのだろうか。
上で書いた”仕事”は間違いなく僕の仕事の要素の一つであることは間違いないのですが、感覚的にそれで本当に合っているのかどうか、自分の中で腑に落ちないまま、今まではそれとなく「メディアの運営をやっています」なんて言ってお茶を濁していました。
「背伸び買い」
ところがつい先日、青天の霹靂のように「あぁ、これが僕の仕事なんじゃないか」とヒントが僕の目の前に飛び込んできました。きっかけはSNSで偶然流れてきたあの老舗家具販売会社「大塚家具」について書かれた記事です。その記事の中の内容を要約すると「社長が交代し低価格戦略に転向してから売上が低迷している」というものなのですが、僕の目が止まったのは社長が交代する前の大塚家具の前戦略。それは店舗に来たお客さんに「背伸び買い」をさせるというものでした。
これまでの大塚家具は店舗にとにかく良いモノを揃え、熟練の販売員を据え、足を運んでくれたお客さんに懇切丁寧にモノの魅力や良さを語り、納得して気持ちよく買い物をして帰ってもらうというような営業方法で業績を伸ばしてきました。これはもう「戦略」と呼ぶようなものではなく会社としての「姿勢」と言ってもいいでしょう。
実際に本物に触れてもらいながら、
「この天板はフィンランドで採れたオーク材の一枚板を使っておりまして、使う度に手の脂が染み込んで一枚だけの色味が出てきます」
「この桐たんす、とにかく精巧に造られているので一つ引き出しを閉めると空気圧で他の扉も開いてしまうんですよ」
なんて話をされたら欲しくなってしまうのは自然な流れでしょう。モノを売るために必要なのはモノそのものに込められた「ストーリー」とそれを的確に伝える「語り手」。以前の大塚家具はこの「ストーリーを語る」という点において強みを持っていたので、訪れたお客さんの予算を多少越えてでも製品を買わせる力、「背伸び買い」をさせる力があったのだと思います。
実際に色々なメーカーさんと話していると感じます。この世に「定価」なんていう概念はないのだと。値段なんていうものは、これくらいで売りたいという作り手の希望と市場の相場の折り合いで何となく決められているだけに過ぎません。大事なのは買う人がその値段で納得するかどうか。シンプルですがこれだけです。
大塚家具の販売員のようにきちんとモノの魅力を語り、多少値段が想定より高くてもそれ以上の納得感を持って決断をしてもらう。これが理想的な「背伸び買い」の図だと思います。
正解を知るために
「安くても良いモノ」はたくさんこの世にありますが、実際のところは「安い割に良いモノ」であることがほとんど。もちろんコストは掛からないに越したことは間違いないのですが、そこを最優先にしてしまうのは考えものです。あまりも安いモノで囲まれてしまうと、そこから上の「本当に良いモノ」に辿り着くことができないからです。
良いモノには人の目を養い、一つ上のステージへ引っ張ってくれる力があります。多少値が張ってでも本当に気に入ったモノを買い納得して使い続けることができれば「これが自分に取っての正解なんだ」という感覚を得られるからです。勉強と同じで100の不正解よりも1つの正解の方が貴重であり確か。その「正解」へ至るガイドが大塚家具の販売員さんだったのだと思います。
僕の仕事を概念的に捉えるのであれば、この感覚が非常に近しいと感じています。良いモノを見つけてきて、そのストーリーを語り、読者に多少値段が高くても納得してもらう。読者に「背伸び」をさせ「背中を押す」のが僕の仕事なんじゃないか、と最近は良く思います。
僕自身、やはり「高くてもこれは絶対に役に立つ、必要だ」と思って勇気を出して購入したモノの方が実際に役立っていることが多いですし、愛着も湧きます。特に仕事道具に関しては「これがあったおかげで仕事の質が上がり、幅が広がった」と言えるモノが多々あります。こういう成功の体験をできるだけ多くの人に感じてもらうのが僕のするべきことなのではないかと。
安いモノばかりを買い手が求めてしまうと、製品にかけられるコストが安くなり、結果的に良いモノを作ることが難しくなってしまいます。そうなると良いモノに触れる機会が減り、良いモノは嗜好品になり本当に一部の裕福な人だけが楽しめる存在になってしまう。作り手のためにも僕達のような「語り手」がモノの良さを伝え、沢山の人にモノを買わせなければいけないのです。
僕らは「バリスタ」
このような「モノを魅力的に語り、背伸びをさせ、背中を押す人」というのが僕の職業なのだとしたら、ますます持って「ブロガー」という言葉は似合いません。モノを買わせるからと言って「営業」というわけでもありません。これについては少し探してみたのですが、しっくり来る言葉を見つけることができなかったので結果として自分で作ってしまいました。
それが「drip」で掲げている「バリスタ」という名称です。
専門的な領域の知識を持ち、モノについて的確に、魅力的に読者へと伝えることができる人。この世に溢れる情報の中から本当に良いモノを抽出し、人の深い部分まで浸透させることのできる人、というイメージでこの名前を付けました。文章でも写真でも映像でも音声でも手段は問わず、魅力的な語り手であることが条件です。
自分自身がこの「バリスタ」として活躍し、同時に多数の「バリスタ」を産んでいくこと。これが僕の今の仕事です。
気持ちよく背中を押せる魅力的な語り手が増えれば、それだけ良いモノが世の中に広がっていく。作り手も買い手も語り手も皆が幸せになれます。そうなれば、好きなモノを語ることに価値が生まれる。大塚家具はこれをリアルで行っていましたが、同じことはきっとネット上でもできるはずです。
「お仕事は何をされているんですか」
「バリスタです」
「え、コーヒーがお好きなんですか?」
という返事が来なくなるくらいには「バリスタ」という職業を有名にしたいですね。