「モノマリスト」という考え方

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Monomalist  1

ここ数年「ミニマリスト」という言葉が生まれ、各メディアの力であっという間に一般層にまで浸透しました。その人気と共に概念も広がり、茫洋としてきたところで最近では「ファッションミニマリスト」や「人間関係ミニマリスト」等、ジャンルをさらに区切った派生系の細分化されたミニマリストも沢山目にするようになりましたね。僕の周りでも数名面白いミニマリストが居て刺激を受けることが多々あります。

「明日引っ越しなんですよ」と言う僕より年下のミニマリストから「荷物は今背負っているこのリュック一つです」という話を聞いた時は驚きました。モノに偏愛を傾けている僕からは考えられない所有物の少なさです。別段僕は「ミニマリスト」という存在に特別造詣が深いわけではないのですが、彼らを見ていてその生き方、考え方には一部共感するものがあります。

「モノを減らしていく過程で本当に必要なモノだけを見極める」という思想は僕も近しいものを持っていて、持ち物を「捨てる」「減らす」という行為の天秤にかけることによって自分自身にそれが本当に必要なモノなのかを常に問いかけることができる。これ自体はモノとの向き合い方として良いメソッドだと思います。

しかし、近年では「モノを減らすこと」自体に注目が集まりすぎてしまい、本来の目的とは少し離れてしまってきている人を見かけることもよくあります。「家の中に家具が何もない」「着回す服も3着しか無い」というような「少なさ」を競うような動きです。本人が納得していれば別にそれはそれで良いと思いますが、本当に自分と向き合った結果、そのモノの少なさになったのか、「ミニマリスト」という言葉とイメージに縛られてそうなってしまったのかでは大きな違いがあります。「ミニマリスト」たるもの、持ち物は少なければいけない、モノをたくさん持つことは悪だ。そういった考えに陥ってしまっている人もいるのではないでしょうか。

「モノを極力少なくする」という考えは行き過ぎてしまうと味気のないものです。最低限のモノがあれば最低限の生活はできますが、それはあくまで「最低限」。そこからさらに生活を豊かにしようと思えば必然的にモノは増えていくはずです。

「今日はどんな一日にしようかな」と迷うくらいの服はあっていいと思いますし、一人の時間を楽しくするためのギターや、日々を鮮やかに残すためのカメラがあってもいい。友達を家に招くためのマグカップ、心地よく集中できるデスクとチェア、毎日優しく語りかけられる観葉植物。どれも無くてもいいかもしれませんが、あればそれだけ生活に色が付き豊かになります。

その人にとって「最低限のモノ」と「必要なモノ」は大きく性質が異なります。無理に持ち物を減らす必要はありません。自身が想像する理想の暮らしまでの延長線上に、そのモノがあるかどうかを考えましょう。

僕は、自分自身が持っている一つひとつのモノときちんと真剣に向き合い、常に愛情を注ぐことができるのならば周りに置くモノの数に制限を設ける必要はないと思います。ただし、その愛情の総量に限界があるのもまた事実。きちんと自身が管理できるモノの量を見極めながら、取捨選択を常に繰り返しながら、周りにモノを集めていきましょう。

僕が身の回りに残しているモノには全て「何故それを持っているのか」という「理由」が付いてきます。モノと向き合った時にその「理由」があやふやで人に説明できないのであれば潔く捨てるか人にあげてしまうようにしています。「買った時高かったな…」と思うものでも今使う理由がないのであれば勉強代だったと思って諦めて手放します。手紙や記念品など人からもらった思い入れがあるモノでもそれ自体が生活に必要がないのであれば、忘れないように写真だけ撮って、モノ自体は極力残さないようにしています。その時の気持ちを忘れなければ無理にカタチを残すことは必要ありません。毎年大掃除の度に「捨てようかな、どうしようかな」と悩んでいるモノがあるのであればその時点で、もうそれは捨てた方がいいと思います。本当に必要なモノだったら「捨てよう」なんていう考えは出てこないはずですから。

不必要なモノが周りに溢れていると、愛情を注ぐ対象が不明瞭になり意識が散漫になってしまいます。行き過ぎたミニマリストのように減らしすぎてもいけないし、ただ何も考えずにモノに囲まれるだけでもいけない。自分の中で「必要なモノ」の基準を持って捨てるモノ、残すモノを選びましょう。

このように一つひとつのモノと真剣に向き合い愛情を注ぎながら、こだわりのモノ、ときめくモノを周りに集めていく人達のことをなんと呼ぶのか僕はずっと考えていました。モノを減らす意味合いの強い「ミニマリスト」とも少し違うし、モノをただ集める「コレクター」とも違う。自分にとって必要な、厳選されたときめくモノだけを周りに置く人々。僕はこの人達を「ミニマリスト」の一つの派生系で「モノマリスト」と呼んでみようかなと思います。「モノ」を基軸に「生活」を考え、こだわりを持って愛情を注いでいる人。

「あの人が持っている持ち物はなんだか魅力あるモノが多いよね。」

「あぁ、そりゃそうだよ。彼は”モノマリスト”だからね。」

なんて会話が将来生まれたら素敵ですよね。

ホーリーはこう思うよ。
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ちなみに用例として「オレはモノマリストだからモノたくさん買ってもいいよね?」は誤りです。

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