「好き」を描いた大人の物語。宮崎駿監督「風立ちぬ」|感想・レビュー
2013/08/01
おとといやっとスタジオジブリ最新作「風立ちぬ」を見ることが出来ました。PITE.(@infoNumber333)です。
この作品に関してはネット上でも僕の身の回りでも賛否両論が分かれていますが、僕の正直な感想を言うと、ちゃんと「良い映画」だったと思います。
ただ、諸手を上げて「最高の作品だ!」と喜べるわけではなかったので、良い面・悪い面両方とも僕の感じたことを書いておきます。
一応ネタバレは少なめに書こうと気をつけますが、多分半分くらいはバレてしまうと思うので気になる方は観賞後にお読み下さい。
ジブリが作った「大人の」映画
まず初めに断っておくと、今作「風立ちぬ」は幼い子供ではなく人生経験を積んだ大人へと向けて作られた作品です。
飛行機の設計の話、戦争の話、そして恋愛の話がテーマなので小さいお子さんにはあまり共感を得ることはできないでしょう。一応観る前にそこだけは注意したほうが良いです。お子さんがいるご夫婦はファミリーではなく二人きりで楽しんで下さい。
注目したいのは、今作でジブリが初めて「恋愛」をちゃんと描いているという点。今までの作品はほぼ少年少女が主人公だったので恋愛といっても甘酸っぱい「恋」の話にとどまる程度でしたが、今作では初めて「愛」の部分まで描いています。これは重要なポイントです。
いつものジブリとは少し違った視点で楽しむことをおすすめします。
「素人っぽい」と「棒読み」は違う
これはどうしても言及を避けることができなそうなので、先に声優の話をしておきます。
単刀直入に言うと主人公二郎の声優が庵野さんだという話。
中盤から慣れてはきたものの、それでも僕は最後まで二郎の声の感情の無さがどうしても気になってしまいました。確かに素朴で落ち着いた声質でしたが、それだけです。制作陣は「いかにも演技してるっぽい声優が嫌だ」という理由であまり作品にプロの声優を起用しないということでしたが、今回の二郎のキャスティングはさすがにキツイと感じました。「素人っぽい」というのと「棒読み」とは全く違うもののはずです。
声優に演技は必要なくセリフのみ喋ればいいというのであればいっそのこと字幕映画にでもした方が良いのではないでしょうか。
二郎というキャラクターがとても良いキャラで、声優さえもう少しちゃんとしていればさらに素晴らしいものになる可能性を感じただけに今回の件は心残りです。
とはいえ一緒に観に行った友人はあまり気にならなかったと言っていたのであくまで僕の感じ方の問題なのかもしれません。あとは意識をしているかどうかというのもありますね。
序盤の展開は大好き。
先に不満を言ってしまいましたが、オープニングから二郎の少年時代、菜穂子との出会い、大震災あたりまでの流れは本当に素晴らしいものでした。
少年時代の二郎。勤勉で真っ直ぐな心を持ち、空を飛ぶことを夢見る。その豊かな想像力にはこちらまでわくわくしてしまいます。初っ端からいきなり物語の中へ引きこまれます。
爽やかな菜穂子とのやり取り。あんな出会い方をしてみたい。
地震のシーンは文字通り「息を呑む」迫力で圧倒されたことを覚えています。
ここまでの流れは最高で、「これは名作だ!!」と確信していたのですが…。
独特のテンポ感が感じられなくなってしまった。
「天空の城ラピュタ」や「風の谷のナウシカ」、「未来少年コナン」など宮崎駿が手がける初期の作品には、観客を引きつけて離さない独特のテンポ感がありました。それが彼の作品の醍醐味でもあったはず。
表題作「風立ちぬ」ではこのテンポ感はオープニングからの数十分こそ素晴らしかったですが中盤から後半にかけては単調というか冗長なシーンが多く飽きてしまう場面も多かったです。飛行機の設計という地味なテーマだけにしょうがないのかもしれませんが、もう少しコンパクトに、テンポ良く進めてもらえれば嬉しかった。
「出口」がわかりづらい
宮崎駿の作品にはどの作品も現実世界への「入り口と出口」がしっかりと用意されていることが特徴だと個人的には思っています。
わかりやすい例で言うと、「千と千尋の神隠し」のトンネルや「天空の城ラピュタ」のシータが空から落ちてくるシーンなどです。
「ここから物語が始まるよ」というサインと「物語はここまでだよ」というサインがはっきり明示されています。もっと簡単にいうと話の「つかみとオチ」ですね。
「風立ちぬ」の場合は上で語っている通り「つかみ」はバッチリだったのですが、「オチ」が弱かった。いつのまにかすんなりとエンドロールまで行ってしまい、最後まで物語の中から出てきたのかどうかわからずに終わってしまいました。コレというクライマックスが無いせいなのか、それともファンタジーではなく実話をベースにした話だからなのか。
この部分をしっかり締めてほしかったですね。
二郎はジブリ屈指のイケメンだと主張したい
ジブリで「イケメン」というともののけ姫のアシタカや耳すまの聖司くんを思い出しますが、僕は今作の主人公二郎こそが一番のイケメンだと主張します。
柔らかな物腰からは想像できない芯の通った正義感。周りが見えなくなるほどに好きな物に没頭するオタク気質。高身長。高学歴。仕事が出来る。人望。良家の次男。メガネ男子。メガネ取ったらイケメン。
素晴らしい素質を兼ね備えています。
これだけでも充分なのですが、さらにグッと来るのは彼が「好き」という感情を隠さないという所。
これは飛行機に限った話ではなく恋愛においても同じです。
とにかく恋愛表現がストレートなんですよもう。
いきなりのプロポーズ。突然のキス。菜穂子のためなら全てを放り出して駆けつけるひたむきさ。
たまりません。
「好き」が何よりも物事を突き詰める
声優がイマイチで後半に飽きても、それでもこの作品を「良い映画」だと思った理由は二郎という人間の夢への姿勢です。
寝ても覚めても飛行機のことだけを考え続ける彼の姿には職人然とした一種の美しさを感じます。
特に印象に残っているのが冒頭の夢の中のカプローニと幼き二郎の会話。
「近眼でも飛行機の設計はできますか?僕は近眼で飛行機の操縦ができません」
「私は飛行機の操縦はしない、いやできない。パイロットに向いている人間は他にたくさんいる。私は飛行機を作る人間だ、設計家だ」
「飛行機は美しい夢だ、設計家は夢に形を与えるのだ!」
全てを自分一人で背負う必要はない。自分のできること、向いていること、やりたいことをやればいい。
僕はそう感じました。そしてその言葉通り自分のやりたいこと、作りたいものに向かって一心に突き進んでいく二郎の姿には正直憧れます。きっと自分が本当にやりたいことだけをやれていないからなんだろうなぁ。彼のように、本気で好きなものを仕事にして朝から晩までそのことについて考えたいものです。
彼の姿は同じく宮崎駿の生き方とも重なります。
”遺作”とも呼ばれるこの作品で彼は何を伝えたかったのでしょう。
二郎と宮崎駿、二人の生き方。彼らのように人生に没頭しながら、生きていきたいです。
PITE.(@infoNumber333)